続・布袋寅泰と町田康はどっちがロックなのか
Posted at 07/08/21 PermaLink» Comment(3)» Trackback(0)»
今週の『女性自身』に、町田康が布袋寅泰に殴られた件について、事の顛末をつづった手記を寄せている。概要は以下のとおり。
・布袋は悩んでいた。
「今の俺は商業主義に流されて初心を忘れている。
オマエとバンドを組んで、初心に帰って
新鮮な気持ちで音楽をやってみたい」
・町田は、そういうことなら協力させてもらおう、
と思いバンドを組む話を引き受けた。
歌詞を書いて提供したりもした。
・ある段階になって、布袋は町田を千葉の別荘に呼び出し、
町田とのバンド活動をビジネスにしようと言い出す。
・町田は思った。
「ああ、布袋本人は
私と自由な音楽活動をしたかったのだが、
まわりの人間に説得されてまた
商業主義的な方向へ持っていこうとしているんだ。
私はそういうことなら協力する気はない」
・町田が意思を告げると、布袋はその場では了承した。
・帰りの車の中で、突然
布袋は町田をボコボコに殴りつけた。
これを読んで私が思ったのは、ああ、なんか、今どきまれに見るすがすがしいほどのミュージシャン同士のケンカだな、と。商業主義に流されてるとか流されたくないとか、そんな青臭いことで40代のプロのミュージシャンが本気で苦悩して、モメて、人を殴ったりしている。ええ話や。殴られた町田には気の毒だが、この経緯を見る限りでは布袋も意外とロックだったんじゃないの、という気がしなくもない。
布袋サイドは町田のこの手記について「事実と異なる部分がある」と異論を唱えているが、なんだか、それはそれで一理あるような気もする。町田の手記だけを読むと、布袋がなぜそのタイミングで町田に殴りかかったのかが今ひとつよくわからないからだ。布袋が完全にアタマのイカれた人ではないのだとすれば、そこには、町田が隠していた、あるいは気づかなかったようなキレるきっかけになる言動があったのかもしれない、とは思う。もちろん、布袋サイドの単なる言いがかりかもしれませんけどね。
手記の中では町田が「俺だけは布袋の孤独を理解している」というようなことをしきりに強調しており、布袋が町田をバンドに誘うに至ったピュアな苦悩そのものは疑っていない。そこに町田の実直さを感じるが、同時に危うさも感じる。布袋は果たして、町田が思うほどピュアだったのだろうか。ひょっとすると町田は、あまりに安易に布袋のことを信じすぎたせいで、布袋が暴力を行使するに至った理由を、いまだに理解できないでいるのではないか。
……などと勝手にいろいろ推測をめぐらせてみたりして。要はロックなのかロックじゃないのか、それが気になるだけなんですが。
過去記事:布袋寅泰と町田康はどっちがロックなのか
"続・布袋寅泰と町田康はどっちがロックなのか"へのコメント
CommentData » Posted by 月 at 07/08/30
これを読んでいて、「私が思うロック」を定義しようと思ったんですが、意外に漠然としていてできませんでした。
反商業主義とか、反体制とか・・・昔はそういうことだったと思うし、私は今でもそういう匂いのするバンドが好きですけれども。
ロックは弱者(敗者だったかしら)が天に向かって突き上げる拳である、と書いたライターさんもいましたね。
CommentData » Posted by ラリー at 07/09/03
反体制も反商業主義も、何か既存のものへのアンチテーゼにすぎないという意味で、私が思うロックのイメージにはちょっと合わないですね。たとえば、YOSHIKIという人がいまして、彼はどちらかというと体制迎合的であり商業主義的でもあるんですが、間違いなく日本有数のロックな人物だと思います。
CommentData » Posted by 月 at 07/09/03
小泉さんがX好きなんですよね。私は聴かなかったからなあ・・・あのドラムはすごいなと思ったけど。YOSHIKIは「徹子の部屋」に出てるのを見たことあります(笑)
アンチテーゼというか・・・とにかく現状に安住できない(または、しない)というイメージです。(同じか・・・)