松本人志の見たM-1グランプリ2008
Posted at 09/01/11 PermaLink» Comment(10)» Trackback(0)»
ラジオ番組『放送室』で、松本人志が昨年のM-1について語っていました。
・最終決戦で、3組とも1本目のネタでやっていたことを前フリにしていたが、あれは反則だと思う。2本目のネタも独立したネタとして、1本目を見ていない人が見ても成立するようにしておかなくてはいけない。
これ、主張としてはもっともだと思うんですが、ルールとして明文化するのは難しそう。
・NON STYLEのネタでリップクリームを出すくだりがあったが、漫才で小道具を使ってはいけないと思う。ルールで禁止すべきだ。
これも、納得。特に、漫才とコントはどう違うのか?といった問題を考えるうえでも、「小道具禁止」というのは1つの明確な指針としてルールに定めてもいいと思います。
・ナイツはSMAPのネタをやっていたが、ジャニーズを扱うネタはどうしても、観客の側が「これって、笑ってもいいのかな?」みたいな変な空気になるから不利である。
なるほど。ナイツのときに観客が重かった理由としては、そういう部分もあったのかもしれません。
・以前、笑い飯の漫才を「スロースターター」と評したことがあった。それに影響されたのか、今回のネタは妙にスタートが良かった。でも、最後まで見たら、その分後半がユルくなっただけだった。あいつら、やっぱりわかってへん。
今までのネタは後半盛り上がる形だったが、今回はそれが繰り上がって前半が盛り上がっただけだった、と。笑い飯が優勝にあと一歩及ばない理由もこのあたりにありそう。
ちなみにトーク相手の高須光聖は、「個人的には今回のM-1は今ひとつ盛り上がりに欠けた。やっぱり、みんなテレビでネタを見たことある人たちだから、目新しさがなかった」と、キングオブコントの審査をしたときと同じような感想。
良くも悪くも、高須はどこまでも「審査をする・評価をする」という目線ではなく、単なる素人目線で見ている感じでした。やっぱり、こういうタイプの人はお笑いの審査員には向いていなかったんじゃないかと思います。
"松本人志の見たM-1グランプリ2008"へのコメント
CommentData » Posted by カズマ at 09/01/11
笑い飯が敗退して一笑い獲って行くのを、負けの美学になってしまってるっていう批判もきつかったですね。
M-1という番組の中でアレはTVタレントとしての役割を果たしてると個人的に好意的に見てたんですけど、
負け芸に安易に逃げることを度々批判してきた松本としては余りよろしくない行為だったのかな?
あと今回の放送室は、お互いがお互いをすべらしてはならないと必死になって、
特に内村さんはコント後やり尽くして放心状態だったというドリームマッチの回想が何ともしんみりきました
フジの吉田Pもブログで夢逢え復活を示唆していましたが、松本-内村という物語には40半ばになってもまだ続いていくんでしょうねえ
CommentData » Posted by レブス at 09/01/11
最終決戦の三組が僅差だったのか、ノンスタイルが抜けてたのかどうか辺りを聴きたかったんですが松本は何も言わなかったですね。
芸人内でのダイアン高評価とかは凄くわかる気がします。
ノンスタイルが意外!!という声もまたわかりやすいですね。
CommentData » Posted by ハヅキ at 09/01/12
「放送室」のM-1の感想は、いつも松本さんと高須さんの見方に根本的な違いがあるような気がして毎年気になっていたのですが、この記事を読んですっきりしました。確かに高須さんの視点は素人の延長線上にしかないんですよね。今回は本当にいい大会だったと思うのですが…。
できるだけ単なる感想は言いたくない松本さんと、自分の感想を言いたい高須さん、という対比も感じます。
ナイツの、場の暖まっているはずの二回目のネタでお客さんが重かった理由も、なるほどと思いました。
CommentData » Posted by ラリー at 09/01/12
・松本がテレビでのコント番組を捨てたのは、直接的には「ごっつ」の特番である『ものごっつええ感じ』の数字が悪かったからだ、と言われていますよね。そういう意味では、ウッチャンの集客力と実績と情熱に乗っかる形で『夢逢え』が復活して、そこで久々に松本がコントをやる、という可能性はあるのかもしれません。
・今回のラジオでは、松本は個別の芸人やネタに対しては批判も賞賛もほとんどなく、客観的なルール整備についての提言に徹していた印象がありますね。
・高須はいつも、自分がお笑いの側に立っていないような発言をしますよね。お笑いに対する愛情と責任感が松本と一回り違う。一方の松本は、自分がお笑いを発信する側にいる、ということを明確に自覚している気がします。
CommentData » Posted by DGO at 09/01/12
小道具っていっても基準が難しいところもありますけどね
たとえば髭男爵のグラスなんかは衣装みたいなもんですし、楽器・フリップあたりをどうするかってのもありますし
まあ、出てきたときからそれを持っていることを提示してくれたのならば、個人的には悪い印象は持たないです
東京ダイナマイトの刀はいいですけど、(決勝じゃないけど)ザブングルの鉛筆にたいなのは気になっちゃいますね
CommentData » Posted by 楽 at 09/01/12
初めてコメントさせて頂きます。
キングオブコントや今回のM-1に対する構成作家高須氏の見解についてのラリーさんの解釈なのですが、おそらくキングオブコントの審査について放送室で高須氏がした「目新しさがない」発言には
【目新しさがないから次長課長・FUJIWARAを落として自分は2700などに票を投じた】
という【審査の理由】ではなく
【自分は次長課長やFUJIWARAに票を投じたが結果的に落ちてしまった原因は、目新しさがない、テレビで見慣れるている等の理由(またはTBSのディレクターの意向)で不利になり、他の十数人の審査員に少し辛めの評価をされてしまったからだ】という【審査の分析】の意味があり思います。
また今回のM-1についての高須氏の【目新しさがなかった】発言はキングオブコントの時の発言と全く別物で
【既存の漫才をベースに手数とスピードによってすばらしい漫才を完成させたコンビ】が優勝したがみんなが同じ方向に向かってはいけない。
【独自の発想やフォーマットによって破壊力のある漫才をするコンビ】の出現・台頭を期待する。という意味だと思います。(高須氏は後者のタイプがお好きなようなので)
私もキングオブコントにおける松本氏の無責任・TBSのやり方に関しては非常に怒りを感じているのですが、ラリーさんの高須氏に対する見解は上に書いた放送室でのキングオブコント発言の解釈における勘違いからその怒りの矛先が必要以上に高須氏に向けられてしまい、今回の放送室M-1発言に関しても少し穿った見方になってしまっているのではないでしょうか。
もしかしたら私の方が好意的な解釈をし過ぎているのかもしれませんができれば再考して頂きたいと思いコメントさせて頂きました。
【追記】
確かに2002のM-1時に松本・高須両氏が
「ますだおかだの優勝はおかしい」と発言していたのと比べると今回松本氏は発言をひかえめにして高須氏は思った事をそのまま言ってしまっているのを考えると松本氏の方がお笑いに責任感を持っているかもしれません。
長文失礼しました。
CommentData » Posted by ラリー at 09/01/13
・そうそう、小道具も厳密に考えるといろいろ難しい面はありますね。
・キングオブコントに関する高須の評価については、当時の音源が手元にないので確認できないですね。ただ、今回のM-1の件は、さすがにそこまで好意的な解釈をするのはかなり難しいと思います。あと、私は高須さんに対して「怒り」は感じていないですよ(笑)。まあ、そういう人なんだろうなあ、っていうぐらいのことです。
CommentData » Posted by reach at 09/01/13
長文で失礼します。素人意見ですから、ご批判いただければと思います。
【小道具とジャンル限定について】
小道具を禁止するデメリットは小道具によって斬新な笑いが生まれる可能性を閉ざしてしまうこと、禁止するメリットは芸人が話芸を磨くようになることでしょうか。小道具問題を一般化すると、漫才に限定した賞レースが良いのか、ノージャンルのお笑いの賞レースが良いのか、という問題に行き着くと思います。
M-1がどちらの道を歩むべきかは、他の賞レースやお笑い界の状況によると思います。R-1やキングオブコントで漫才以外の芸が評価されやすくなったことを考えれば、漫才に限定することのメリットは大きくなったといえます。ただ一方で、ジャンルを問わず評価される「お笑い総合」の賞レースもあってしかるべきという思いもあり、他に候補がないのであれば一番影響の大きいM-1に「お笑い総合」の大会になって近づいて欲しいとも思います。
「お笑い総合」の大会をひらくメリットは、純粋に面白さだけで評価ができ、「漫才っぽくない」という形式上の理由で異才を埋もれさせることがないということです。M-1がどちらの道を進むべきなのかは、お笑い界の現状認識に乏しい私には判断できませんが、どこかに「お笑い総合」の大会があって欲しいと思うのです。
【1本目のネタをフリにすることについて】
1本目のネタをフリにするのはアリだと思います。そう考える理由は、芸人は与えられた時間を最大限に活用するべきだと思うからです。例えば4分間のネタ時間を与えられたなら、1分間のネタを4本するのではなく、4分間のネタを1本すべきです。1分ネタを4つつなげて4分ネタにしても良いのですが、その際にはただ単に互いに無関係なネタを続けて4つするのではなく、前のネタをフリにするなどして、相乗効果的に大きな笑いを生み出せるよう工夫すべきだと思います。
最終決戦進出者に与えられた時間は8分間です。だから、出場者は8分をいかにうまく使うかを考えるべきだと思います。8分間のうち前半の4分間はその部分だけで完成されたネタでなければなりませんが、後半の4分間に関しては前半をフリにしたものであっても、無関係であっても、自由だと思います。ただ、8分間の有効活用という観点からすれば、前半をフリにするネタを積極的にやっていくべきではないでしょうか。
関連する話になりますが、優勝者を決める最終審査は2本目のネタだけで決めることになっているようですが、私は2本のネタを総合した評価で決めるべきだと思います。それは優勝者にふさわしいのは8分間をもっとも有効に活用した組であるべきだという理由がひとつ。もうひとつは、1本目99点で2本目90点の組と1本目80点で2本目91点の組を比較したときに、後者を勝利者としてしまう不合理を防ぐためです。「作戦勝ち」のようなギャンブル性を極力なくし、純粋に面白さだけで競う大会にして欲しい、というのが私の願いです。
【ジャニーズネタについて】
松本も言っていたように悪しき風潮だと思います。
この領域には有吉もまだ踏み込んでいないのでしょうか?
CommentData » Posted by 小坊主 at 09/01/14
M-1については、松ちゃんは年々点の付け方も丁寧になって、単なるボケの発想やシュールさだけでなく、技術面を細かく見てるなと思います。
巷では、ノンスタがやや古い型で、オードリーがやや斬新な型のように評価する風潮がある気がしますが、私はノンスタのリズム感などにはオリジナリティーがあると思います。一方、春日ほどキャラを作ってはいなくても、オードリーのように「偉そうな態度でズレたツッコミもどきをするボケ」と「”まったく、何言ってんでしょうね~こいつは、ほっときましょ”という感じのツッコミ」の組み合わせコンビは、たくさんいました(私は好きなタイプですw)。その延長線上でオリジナルな磨きをかけて、オードリーになったなと思います。
チュートリアルがナイツくらい東京で露出した後の2006年M-1だったら、高須さんの感想は、単純に変わっていたんじゃないかな?と思いますw。
CommentData » Posted by ラリー at 09/01/15
・M-1は影響力は強いけれど、やっぱり漫才の大会であって、結成10年以内の新人レースでもあるので、ノージャンルのお笑い賞レースにはならないと思いますよ。
・ノンスタはどうもナメられがちなんですよね。あれはあれですごいことをやっているんだ、というのが一部の人にはなかなか理解されていない。「新しい・古い」というのは難しい問題ですね。ノンスタもオードリーもナイツも、古い部分もあれば新しい部分もある。